必要に迫られての奥深い意義  Part 158

◎本日より、2月のスタート。今年度もあと僅か2か月。国公立前期試験まで25日。私立大学試験の真っ最中。栄冠目指して、引き続きベストを尽くしましょう。

前回同様、『夜と霧』からの抜粋ですが、いよいよこの本もクライマックスを迎えようとしています。次にどの本からのパクリにするか思案中のニャンコ先生です。

特にいくらか原始的な性質の人間においてはこの解放後の時期に、彼等が依然としてその倫理的態度において権力と暴力とのカテゴリーに固執しているのが認められることがあった。そして彼等は解放された者として、今度は自分がその力と自由を恣意的に抑制なく利用できる人間だと思いこむことがあった。彼等は権力や暴力、恣意、不正の客体からその主体になったのである。さらに彼等はまた彼等が経験したことになお固執しているのである。このことはしばしばとるにたらない些細なことの中に現れるのであった。たとえば、一人の仲間と私とは、われわれが少し前に解放された収容所に向かって、野原を横切って行った。すると突然われわれの前に麦の芽の出たばかりの畑があった。

今回はここでとめます。

前回のブログの最後が、『親に感謝するのうに。』という内容で終わっていますが、親は何故これ程までに子供のためにある意味自己を犠牲にしてまでつくすのか? 以前にも書いたかもしれませんが、それは、

【教育は財産であるから】というのも大きな理由かと思います。自分の足でしっかりと大地を踏みしめ、力強く生きていくためには教育がお金にも勝る財産であることを、親は知っているからだと思います。またその考え、思想は子供に受け継がれ、孫に受け継がれ、そしてまた、その子供に受け継がれていくものだと思います。そう考えると、教育が持つ崇高な理想が理解できるのではないでしょうか?

ニャンコ先生からのお知らせだニャン(=^・^=)

◎2月10日より、学年末試験の対策がスタートします。有終の美を飾り、新年度を気持ちよく迎えよう。

◎春期講習3月22日より、スタート! 好調な第一歩を踏み出しましょう。