◎お久しぶりです。今さらですが、受験生の皆さん、共通テストお疲れ様でした。引き続き、私立大学入試、国公立前期・中期・後期入試に向け、更に自己に厳しく、栄冠を勝ち得るまで闘い抜きましょう。
本日のブログは、昨年の続きの『夜と霧』からです。
・・・・他方監視兵が示したごく僅かな人間性に対して、囚人が深い感動をもって応えることもあったのである。たとえば私はある日一人の労働監督がそっとパンの一片を私にくれたことを思い出すのである・・・・・私は彼がそのパンを彼の朝食の配給から倹約してとっておいてくれたことを知っていた・・・・・そして私を当時文字どおり涙が出るほど感動させたのは物質的なものとしてのこの一片のパンではなく、彼が私に与えた人間的なあるものであり、それに伴う人間的な言葉、人間的なまなざしであったのを思い出すのである。
今回はここまでにします。前回のブログを読み返すと、以下の文章で終わっていますが、ニャンコ先生の問いについて考えてくれた読者の皆さんはいますか?
愛する者のために払う犠牲、無償の愛と言ってもいいと思いますが、、、、。
ここで質問です、『何故親は、君たちのために高い月謝を払い文理に通わせてくれ、文理への送迎を行い、大学にまで通わせてくれようとしているのか?』
ここで少し立ち止まって考えてみて下さいね。
まさにその答えは上記の文にあるように、物質的なものではなく、人間的なもの。目には見えないかもしれないが、血を分けた親子としての愛情のあらわれそのものだということを、肝に銘じておいてもらいたいと思います。昨年大学に合格した生徒さんが、「これでやっと親から自由になれる。」という言葉を吐き捨てるように言ったのを思い出します。今まで育ててくれ、かつ大学にまで進学させてくれる親に対して、感謝の言葉を述べるどころか、親の存在そのものを否定するような言葉は許すことができず、「親に感謝しないでは、立派な大人になれない。」と諭したことを記憶しています。まだまだ大学入試の闘いは続きましが、合格した暁には、心を込めて、「ありがとうございました。」と言えるくらいの、人間的成長も忘れないで下さい。
ニャンコ先生からのお知らせだニャン(=^・^=)
◎文理模試実施中。時間割をきちんと確認して、100パーセント受験を終えましょう。
◎2月10日より、学年末試験の対策がスタートします。有終の美を飾り、新年度を気持ちよく迎えよう。
◎春期講習3月22日より、スタート! 好調な第一歩を踏み出しましょう。