双葉校(2022年度第191回)【社会科の裏側】冠被ると役人になれる?

校舎ブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。
副校舎長の横森です。

本日は一日雨で気温も下がり、横森も絶賛体調不良です。
急に寒くなると着るものも迷いますね。
山中先生はマフラー&コートを持ち出しました。
私もコート着ようか迷っています……。

さて、双葉中・敷島中・竜王北中・竜王中のテストが近づいています!
一年生の社会は今回、飛鳥時代前後がメインのテスト範囲になりますね。
さて、飛鳥時代と言えば聖徳太子の改革。
みなさん覚えていますね?
役人の心構えを示したのは?
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そう、十七条の憲法(憲法十七条)

じゃあ、隋との対等な外交を目指して送られた使節は?
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そう、遣隋使

では、有能な人物を取り立てるための制度は?
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・・・・・・・・・
これは冠位十二階の制です。

不思議に思ったことがありませんか?
なぜ「冠を見ただけで偉さが分かる」=「有能な人物を取り立てる」になるのか?
今回は推古朝の改革について、少しご紹介したいと思います。

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まずみなさん。
小野妹子で有名な607年の遣隋使ですが、これは第何回目の遣隋使か分かりますか?
双葉の中1・中2の皆さんは教えました。
そう、実は1回目ではなく、2回目の遣隋使なのです。

じゃあ1回目はというと、600年に送られています。
しかし、これ。隋の皇帝に怒られ国交を結ぶことができず、『日本書紀』からは消された遣隋使です。
当然ながら、この時に遣いとしてだれを送ったかもわかっていません。
 

(これは当時、推古天皇たちが政務を執った小墾田宮があったとされる場所です。今は田んぼが広がる場所です)

困った日本。というか、推古天皇・聖徳太子・蘇我馬子。
それで気づきます。
「そうだ、中国風の国に作り替えていこう!」
まずは、見た目
中国では髪から発せられる覇気を抑えるため、冠を被るのがマナーでした。
そのため、603年に冠位十二階の制が制定されます。
この冠、天皇から授けられる冠で、色で位階(えらさ)が分かるようになっていました。
当時の豪族たちは衝撃。
「え、天皇から授ける!?俺の冠を息子にあげることができないんじゃあ、息子が位階を引き継げないじゃないか!」
そうなんです。
冠位十二階までは、冠位は世襲。お父さんが偉かったら息子も偉かったんです。
しかし、冠位十二階では天皇が冠を授けます
天皇が優秀だと思ったらよい色(偉い)冠を、無能だと思ったら冠を授けないなんてことができます。
そのため、「冠位十二階」=「優秀な人材を役人にする」になるわけですね。
続いて、法律体制
このころの中国では「律令」という法律をもとに国が運営されていました。
しかし、いきなり律令を日本には作れません。
まずは、「役人とはこういうものだよ!」と定めた法律である十七条の憲法を604年に制定します。
「けんかするなよ、仲良くしろよ」「天皇の命令には絶対従えよ」「仏教大事にしようぜ」
これが官人を縛る最初の法律、十七条の憲法でした。
さて、見た目も整え法律も持った日本
607年にいよいよ遣隋使を送り出します。このときの大使が小野妹子。
手紙の中身も「こんなに仏教知ってますよ!文明国ですよ!」とアピールしまくった内容でした。
隋の皇帝煬帝は激怒するも、国際情勢を考えて日本との交流を許します。
当然ですが、「中国と対等に交流できる」なんて思っていません。
ただそれだけ大きく出て、文明国だとアピールする必要のあった時代だったんです。
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歴史はストーリー。
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