田子浦校、紙パック回収のお願い。【第831回】

こんにちは、田子浦校の村松です。

水曜日は写真の日、2ヶ月前ですが、

前回行ってまた行きたくなった箱根第二弾。

今回は復元された「箱根関所」に行ってきました。

江戸時代、徳川家康の命で整備された五街道の1つ東海道は、

東京の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ約500㎞の街道。

昔の人はこの行程を徒歩で進みました。東海道にはいくつかの難所が

ありましたが、その中でも最も高低差が大きいのがこの「箱根」。

小田原から坂を上ってたどり着く箱根の関所では、江戸への武器の搬入と

大名家の子女が江戸から領地に逃亡することを防ぐため、徹底的な

調査が行われ、その様子から「入鉄砲に出女」と言われています。

特に江戸から箱根を抜ける女性には、地元の老女(人見女:ひとみめ)が髪を無理やりほどき、

触って調べるなど結構ひどい取り調べをしていたそうで、東海道より行程が30㎞ほど遠くなる

中山道(なかせんどう)を選ぶ女性が多かったそうです。(中山道の方が気持ち緩めの

取り調べだったそうで、だから女性はそちらを選んだとか)写真を数枚。

箱根関所入り口の看板。通りに沿って店が並びます。

「京口御門」。京都側から関所を通過する人を小田原藩から出向した3人の役人が調べました。

「江戸口御門(裏側)」。江戸から来ると、左に急斜面、右は芦ノ湖で

崖になっており、この門の前で逃げられない地形になっていました。

関所を通るための通行手形を持たない旅人は見せしめのため処罰されるルールが

ありましたが、役人たちも多数の人間をすべて調査できないため、

当時は地元箱根の住民に少額のお金を払い抜け道を教えてもらう旅人が

多くいたそうです。役人も見逃していたのが現状だったとか。

いつの時代もこういう抜け道的な方法はあったんですね。この関所、以前

韮山反射炉で名前が出てきた江川(英龍)家の書庫に記録が残っていたことから

復元できたという話があります。

これだけ地形やルールが厳しい箱根ですが、江戸時代の人は

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と

この箱根より府中(静岡)の先にある大井川(当時は橋がなく水量が多い)

の方が嫌だったとか。江戸時代の人ってすごいですね。

 

さて話は変わりまして、文理学院では今、「紙パック」の回収を

お願いさせていただいています。この活動で紙パックを

トイレットペーパーに交換し寄付をします。

資源のリサイクルにもつながり、困っている人々を支援する

活動にご協力をお願いいたします。村松もコンビニでお茶のパックを

買うとき、飲み終わった後の紙パックを出しています。

↓紙パック回収の仕方が書かれております。こちらをお読みください。

生徒の皆様のご家庭で裏が白い1リットルの紙パック

(お茶・牛乳・野菜ジュース等)がございましたら、ご協力

お願いいたします。(※紙パックは洗っていただき、

切り開いた状態でお出しください)。

田子浦校では紙パック回収や地域の公園清掃

などSDGs活動にも力を入れ、地域の環境を

保全し、地域に貢献できる人材を育てられるよう、

指導に力を入れております。

そんな田子浦校ではこの秋一緒にがんばる仲間を

募集中!詳しくは下記をクリック。

 

9月入塾生受付中!

無料体験授業も受付中。詳しくは下記をクリック。

Be-Wing入塾&体験授業受付中!!!

田子浦校2年連続

公立高校全員合格!!!

富士高10名 清水東理数科合格!

小学生から高校生まで学べる、

「小中高一貫」田子浦校で待っています!!!

集団授業(小中)・Be-Wing(高校)共に

お問い合わせ・お申し込みは

64-4833またはメールまで。

(午後3:30~7:00で承ります)

 

田子浦校 村松