先日気になる話をテレビで言ってました。
「ボキャブラリーが少ないと洗脳されやすい」
ある小説の開設と評価についての番組でしたが、
ショッキングなフレーズでした。
過激な表現でインパクトを残そうとしているにせよ、
今日の言語環境をよく表していると思います。
スマホの普及で、文章を短くしかも端的に表現することが
加速しています。
自分の考えや、感情を伝えるのに一言済ます。
効率が良いようで、表現しきれない部分が大きいのでしょう。
嬉しくても、悲しくても、感動しても、怖くても ヤバいの一言。
伝えたい相手は、なんとなくしか理解してくれません。
ああヤバいんだ。その人なりのヤバいです。
相手の言葉も同様に短ければ、相手を理解するのもその程度です。
あいつもヤバいんだ。もちろん自分だけのヤバさです。
結局お互いを深く理解することはできない。
残念ながら、コミュニケーションツールが逆に、相手の理解ではなく、
相手を自分の考えに当てはめるツールになっています。
それぞれの人が、世界を自己流に解釈するだけです。
80億自己チューワールド。
誰も他人を理解することもできない。自分も理解してもらえない。
そこに、自分の知らない言葉で感情の深いところに刺さるフレーズが
あると、それを妄信してしまう。
さっきのフレーズの真意はこんなところだと思います。
教育に携る者として、わかりやすさと単純さの境界を見極めて
生徒を指導していきたいと感じるひとことでした。
大里校
