【1,035】8/6

2022年8月6日(土)午前8:15に開示させていただいております。

今年もこの日が来ました。

8/6広島、8/9長崎のことを忘れてはなりません。

本日8月6日は「ヒロシマの日」です。毎年8月は広島に関することを中心に「平和について考える」をテーマにいくつかブログをアップしています。日本国民全体がこの日を迎え「原子爆弾という恐ろしい兵器」について考えたり、犠牲者を追悼したりする時間を持たなくてはいけないと思います。私の知るあるご家庭では、8/6午前8:15に毎年必ず家族で黙祷をするというお家もあります。私はこれまで何度も広島を訪れていまして、今年の5月にも2020年新型コロナウイルス感染者拡大以降初めて訪広しました。多い年は年3回この地を訪れ「平和記念公園と原爆資料館、原爆ドーム」など、被爆建築物(広島市のリストを参考にしながら)を巡っています。 原爆資料館は2019年4月にリニューアルされました。もちろん私もリニューアルすぐの5月に訪れていますが、関係者は若い世代にも関心を持ってもらうべく、展示の方法などを工夫して後世に戦争・原爆の恐ろしさを伝えていく努力を重ねています。現在、資料館に展示してあるものの数は膨大ですが、今でも毎年遺族から多くの遺品が寄贈されているそうです。「手放せなかったものを信頼できる場所に預けたい。同時にこの甚大な被害を風化させたくない」との思いから寄贈されるのだと思います。それら遺品の傍らに遺影を置き、その人たちの人となりを感じることができるよう工夫したり、これまでよりも映像やタッチパネルなどを駆使し若い世代にもわかりやくしたりして、「より視覚に訴えかける」ものが多くなっています。

当学習塾で夏に開催している講演会「SDGsの日」。今年は中学生を対象にゴール16「平和と公正をすべての人に」をテーマに行いました。その講演の中でも広島への原爆投下について、また世界が置かれている危機的な状況などについてお話をさせていただきました。すでに「SDGsの日」を開催した校舎から生徒が書いてくれた「感想・意見文」がいくつか手元に届き、社長blogでもご紹介させていただいておりますが、それらを読み、微力ながら「子どもたちの心の成長」のお手伝いができたのではないかと感じております。

今週はTVで戦争や広島・長崎に関する番組が組まれています。ぜひ、1本でも2本でも、それらに関する番組を見て、色々感じてほしいと思いますし、できれば「行動」を起こしてほしいと思います。

【過去のブログより】

いわずもがなですが、本日8月6日は広島に原爆が投下された日です。
1938 年12月にドイツで初めて核分裂によるエネルギー放射が確認され、それを応用してできたものが「原子力爆弾」(原爆)であります。第二次世界大戦中、アメリカはドイツに対する危機感を持っていたことに加え、アインシュタインの助言もあり原爆の研究に入っていきます。およそ3年後の1942年8月「マンハッタン計画」によって原爆製造が開始され1944年にはその恐ろしい化学兵器を日本へ投下することを決定します。

★なぜ、日本へ投下することを決めたのか?
1.早期に日本を降伏させ、米軍の犠牲を最小限に抑えるため。
2.原爆を日本に投下することで、大戦後の世界で旧ソ連より優位に立ちたいと考えていたため。
3.原爆には20億ドルの資金が投入されたといわれています。その資金を国民の税金でまかなった面が大きく、国民に対して原爆開発の正当性を訴える目的もあった。

★なぜ広島だったのか?
1.広島は山と海に囲まれた地形なので原爆の破壊力を知るのに丁度よかった。
2.広島には軍事施設、軍需工場が集中していたため。
3.8/6当日、広島の天気が晴れており目視での投下がしやすかった。

★どのように投下されたのか?
「エノラ・ゲイ」(原爆搭載機)、科学観測機(「ストレートフラッシュ」、「フルハウス」)の「B29」3機がテニアン島を離陸。広島が好天との連絡を受けた「エノラ・ゲイ」が、広島上空から市内中心部にあるT字型の「相生橋」をめがけ午前8時15分17秒に原爆「リトルボーイ」を投下。原爆は相生橋の南東約300メートルにある島病院の上空約600メートルで炸裂した。

原爆投下から約5年間の間に、約14万人の人々が亡くなりました。↓↓↓写真の下へ続く

上の写真は以前、広島へ行った時に撮った写真です。

次のURLをクリックして、より詳しい最新情報をご覧いただきたいと思います。

https://hiroshimaforpeace.com/

SDGsの観点から

文理学院では夏期講習の一環として「SDGsの日」を開催しています。昨年はゴール13「気候変動に具体的な対策を」、今年はゴール16「平和と公正をすべての人に」をテーマに行いました。このどちらにも関係してくることに「原子力」があります。その原子力を利用したものには上に書いたような「原子爆弾」や「原子力発電」がありますよね。次は「原子力発電」(原発)について少し書いておきたいと思います。

2011年3月11日「東日本大震災」における東京電力福島第一原発の事故を受け、国内54基あった原発すべてが一時稼働停止となりました。震災前には国内使用電力の30%前後を賄っていた原発ですが、2014年にはその発電割合はほぼ0%となったそうです。その分、電力確保を火力発電に頼るなどし、多量の二酸化炭素を排出することで環境に大きな負荷をかけたわけですが。

今年で「フクシマ」での大惨事から11年が経過しました。いまだに完全決着をみない中、国は稼働停止をしている原発の再稼働を推し進めてきました(西日本を中心に10基を再稼働させています)。また、この7月14日には今冬の電力逼迫(予想)を理由に、今後、最大9基の原発の再稼働を表明しました。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」「背に腹は代えられない」といった諺が私の脳裏を過りました。私は「原発」には反対の意見を持っています。その理由は事故が起これば人間がコントロールできない代物、それが「原子力」だからであり、大きな事故となれば人間にも自然にも甚大な被害が及ぶことになるからです。そもそも電力逼迫云々の前に、この11年という膨大な時間があれば”脱炭素社会を目指す資源極貧国家の国策として”「再生可能エネルギーへの転換」を推し進めることができたであろうに。新型コロナウイルスへの対応と同じで「日本の政治は学習しない政治」であると私は強く感じています。ちなみに、東電の株主48名が起こした訴訟で、7月13日、東京地方裁判所は東電の旧経営陣4名に対して13兆3,210億円(裁判での賠償額として過去最高)の賠償命令を言い渡し、経営責任を取らせることになりました。もちろんこのような額を個人が支払えるわけもなく、資産凍結などを行い可能な限りの回収となるようですが。これを耳にした時、私は「確かに経営責任はある。あるにせよ万が一の事故が起こり大惨事となった場合、人間の手に負えるものではない。やはり原発再稼働に対しては反対だ」と強く感じました。

被爆国の日本がなぜ原発を推進してきたのか。私が思うに「被爆国だからこそ核の平和利用を成功させたい」また、「恐ろしい体験を逆手にとり世界を驚かせる大国になりたい」などの政治家や経済界の考えが働いたから「原発大国」になったのではないかなぁと。しかし、原発の廃炉問題や使用済み核燃料などについて真剣に考えていくと、私はやはり原発に頼らず「再生可能エネルギー」で国内需要を賄うことができるシステムを構築していくべきだと思います。

持続可能な開発目標

の「持続可能」の観点からしても原発による発電はそれにあたるものではない。

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